フジトモ島の冒険
― 暮らしの中の再出発の物語 ―

フジトモスタッフの一人が、かつて老人ホームで出会った方との実体験をもとにした物語です。
プライバシーに配慮し、お名前は仮名とし、一部内容にフィクションを交えてご紹介しています。
「もう一度、自分の家で」
90代の高橋恒子さん(仮名)は、長年教師として子どもたちと向き合ってきた方です。
責任感が強く、几帳面で、どんなときも自分のことは自分で。
そんな暮らしを、ずっと大切にしてこられました。
ある日、ご自宅で転倒し骨折。
入院を経て退院の日を迎えたものの、これまで通りの一人暮らしは難しい状態でした。
悩んだ末に選ばれたのは、老人ホームでの生活。
住み慣れた家を離れる決断は、簡単なものではなかったはずです。
新しい環境。
新しい人間関係。
気丈な恒子さんも、はじめの頃はどこか緊張した表情をされていました。
それでもある日、ぽつりと、こう話してくださいました。
「死ぬ前に、もう一度、自分の家で暮らしたいの」
長い人生を自分の力で歩んできた方の、“本音”でした。
その日から、恒子さんの中で何かが動き始めました。
リハビリでは、歩行器を使って長い廊下を歩く練習を。
最初は一往復がやっとでしたが、少しずつ、少しずつ距離が伸びていきます。
歩行器は日常の移動にも使用する為、小回りがきく、折り畳み・持ち運びがしやすいものを選びました。
足元も見直しました。
脱げやすいスリッパから、しっかりと足を支える靴へ。
「帰りたい」という想いは、体を動かす力になります。


そして私たちは、恒子さんと一緒にご自宅へ向かいました。
玄関の段差。
和室の敷居。
浴室やトイレの動き。
ひとつひとつ確認しながら、
「どうしたら安全に暮らせるか」を一緒に考えていきました。
手すりをつける場所。
段差をやわらげる工夫。
使える介護サービスや配食サービス。
できることと、頼ること。
そのバランスを整えていきました。
そして――
恒子さんは、ご自宅での生活を再スタートされました。
ある日、こう話してくださいました。
「縁側で本を読む時間がね、本当に幸せなの」
そのときの表情は、
施設でお会いしていたときよりも、ずっとやわらかく、晴れやかでした。
人は、住まいとともに生きています。
そして、
どこで、どんなふうに暮らすかは、
その人の人生そのものです。
「もう無理」ではなく、
「どうしたらできるか」を考えること。
その積み重ねが、
その人らしい暮らしを取り戻す一歩になるのだと、
恒子さんが教えてくれました。
